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我が家の森林限界

情報工学学生ではありますが、記事内容はそうとは限りません。気になったものについて不可思議な文章を書き連ねます。

猫と幻想と割り勘と時々...

今回は、割とクソのような駄話というか、その上である程度の下のネタが入っているので、そういうのが苦手な方はご用心を。

 

ある日私は、たまたま見かけたこの様な記事を読んでみた。

news.careerconnection.jp

よくある、デート時の費用が何処からか出るべきか論争の記事。

が、今回、拙記事はその話とあまり関係はありません

私自身も「ま、私と関係ないなぁー」と投げやり気味で目を通していたのだが、こんな一文に目が止まりました。

 

男性が女性とのデートの費用を全額出すべきじゃないか、という側の意見の一つに

「猫でも気に入ったメスにはオスがセミとか取ってきてプレゼントしてる」

ん?いやいや、ちょっと待ってほしい。

記事を遡れば「大事にしてくれている実感が欲しい」というようなことを言っているような論争の中に、急にこんな話題を出して大丈夫なのだろうか。

 

いや、だって、「ある猫のオスが何故気に入ったメスに気に入られようとするのか?」という話なのだが、それは直接的に「つがいになって自分の子孫を残すため」つまりは「性交して子作りをするため」に他ならない訳で。

つまり先ほどの文章は

「猫でも気に入ったメスにはオスがセミとか取ってきて(気に入られて性交するために)プレゼントしてる」

という意味を本来含んでおり、

これを元に人間の男性が女性に出資すべき、というような話に持っていくならつまり

「人間の男性だって気に入った女性には(気に入られて性交するために)サービスしていいのでは?」

みたいな話になるのではなかろうか。発言者の女性は本当にそれでいいのか?

 

 

 

動物たちは基本的には本能で生きているので、「贈り物」と「性交」の間に何らの建前もいらないし、それで当然だと思うし。

だが、こと人間の場合、その短絡的な結論を人のあるべき形のように言うのには首をかしげざるを得ない。

ある意味で的を射た意見だとは思うけれど。

いくらなんでも世知辛すぎやしないか。

その間にも複雑な感情ややり取りが存在するのが人間の恋愛ではないのか。

でなければ全ての恋愛小説が単なる擬似「人間の性交観察記録」になっちゃう!

 

まぁ、そんなこと単に気にもしてなかっただけでしょうけれどねー。

 

話は変わりますが、そもそも猫とか犬とかのいわゆる愛玩動物サンリオピューロランドばりの幻想を抱いてる人多くないです?

彼奴らだって生きていくのに必死なわけで。

人間社会においては汚らしいとされているような要素を実は惜しげもなくさらけ出して全力で生きていて、それが愛おしい所や考えさせられる所でもあると思うんですが、皆さんはどうでしょうか。

 

それでは、またいつかお会いしましょう。